江戸コース 二条城〜二条陣屋〜壬生寺〜島原〜西本願寺 土方歳三

 江戸時代は俺が案内しよう。新選組副長土方歳三だ。まずは二条城。慶長8(1603)年、将軍上洛時の宿として家康公が建てた。3代将軍家光公以来、将軍の上洛はなかったが、幕末黒船来航で騒然とした中、第14代将軍家茂公が入京された。その警備として新選組も江戸で集められたわけだ。慶応3(1867)年、第15代将軍慶喜公が、ここで大政奉還を行って江戸時代は幕を下ろすこととなった。
平野国臣 石碑
写真10:平野国臣 石碑
  すぐ南に武家屋敷が残っている。二条陣屋と呼ばれ、二条城にやってきた大名らの宿泊施設だったそうだ。予約制だが中の見学は可能だ。中は落とし階段など武家屋敷ならではのしかけがいっぱいだ。更に下がって三条通商店街を過ぎ、西にいけば六角獄舎があった。ここにいた罪人のほとんどは、蛤御門の変で市中に火の手が回ったときに切られた。石碑がある平野国臣(写真10)は尊王攘夷の急先鋒だったが、ここに捕らえていたので犠牲になったってわけだ。
壬生寺
写真11:壬生寺
 しばらく南へ歩けば壬生だ。壬生寺(写真11)は、俺達が泊まらせてもらっていた八木邸のすぐ南にあったから、よく武芸の練習場として使わせてもらった。ここでは、壬生狂言が有名だ。さて、このあたりで離脱することを特別許そう。東へ戻れば四条大宮まで10分程の道のりだ。途中、光縁寺によって山南さんの墓にも参ってやってくれ。まだいける諸君はここから島原へ向かおう。日本で最初の公認花街だ。ここでは諸芸に精通した格式高い太夫が客をもてなしてくれる。俺達が遊んだのが揚屋と呼ばれるところで、現在は「もてなしの美術館」として残る角屋が唯一当時の遺構だ。そこへ太夫を派遣していたのが置屋で輪違屋(写真12)は同じく唯一残った置屋で、現在は揚屋も兼ねて日本でただ一軒営業している。
輪違屋
写真12:輪違屋
  最後は西本願寺だ。浄土真宗という親鸞が開いた宗派であったが、秀吉の代にここへ移り、家康公の提案もあって、現在は東と西に分かれている。隊士の人数も増えた俺達は壬生からここに屯所を移動して戦った。以上で案内を終わらせていただく。

地図

【二条城】●京都市中京区二条通堀川西入二条城町541 075-841-0096 8:45〜17:00(入城16:00) 600円
【二条陣屋】●京都市中京区大宮通御池下ル137 075-841-0972(要予約) 10:00 11:00 14:00 15:00 4回 1000円
【壬生寺】●京都市中京区坊城通仏光寺北入ル 075-841-3381 8:30〜16:30 境内自由、壬生塚100円
【角屋もてなしの文化美術館】●京都市下京区西新屋敷揚屋町32 075-351-0024 10:00〜16:00 1000円
【西本願寺】●京都市下京区堀川通花屋町下ル 075-371-5181 5:30〜17:30 境内自由

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