桂小五郎と行く木屋町・先斗町 まずは我が長州藩邸跡から始めよう。現在は京都ホテルオークラとなっているこの広大な土地が長州藩邸であった。私の銅像もホテルの北西角にあって記念撮影スポットとなっている。
出水通
写真【1】
この付近では残念ながら佐久間象山先生や同志である大村益次郎が襲撃されるなど物騒な場所でもあった。後に妻となる芸者幾松とかつて密会を重ねた場所は料理旅館幾松になっているぞ。では高瀬川沿い(写真【1】)に木屋町通を南下しよう。加賀藩邸跡を過ぎれば坂本さんと同郷の志士であった武市瑞山や吉村寅太郎も住
出水通
写真【2】
出水通
写真【3】
んでいたエリアだ。そして三条通まで出てくれば、右に折れると有名な池田屋騒動のあった池田屋騒動之跡(写真【2】)だ。この時の会合には私も呼ばれていたが、早く着きすぎたので北側の対馬藩邸に立ち寄っていたら、新選組が襲撃してきたのだ。多くの同志を失い、我が長州藩はついに暴発へと向かったのだ。木屋町通に引き返して三条通の次の通りが龍馬通だ。こちらでは酢屋という材木商が店を構えており、坂本さんはこの酢屋の二階で身を隠していたんだ。現在も二階は龍馬ギャラリーとして見学が可能だ。その後、さらに南下すると土佐藩邸跡に到着だ。かつて藩邸内に岬神社があり、お稲荷さんを勧請してきたためお参 りにくる庶民も多く、土佐藩はお参りに関しては藩邸内の通行を許していたそうだ。さあ、いよいよ河原町通を横切ると坂本さん終焉の地、近江屋跡(写真【3】)だ。暗殺者は未だわかっていないが、薩長同盟の大恩人である坂本さんをまだこれからというときに亡くしたのは返す返すも残念であった。坂本さんのおかげで長州藩は薩摩藩と手を組み、日本を変えることができた。今日の日本があるのはまさに坂本さんのおかげだといってもいい過ぎではないだろう。
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