中岡慎太郎と行く東山めぐり
八坂神社
写真【4】
 龍馬や幕末の多くの志士が眠る東山は古来、京都の葬送地として知られた場所で、今の観光地としての東山からは考えられないほどだ。ここは龍馬と最期を共にした私、中岡慎太郎が案内しよう。まずは祇園さんで親しまれる八坂神社。我々の時代はまだ「祇園社」と呼ばれていた。円山公園を抜けていくとあるのが、龍馬と私の銅像(写真【4】)だ。当時龍馬は海援隊を創設して貿易を考えており、私は陸援隊を組織し、討幕を考えていた。薩長同盟に初期から取り組んでいたのは私だが、どちらの藩からも信頼されていた龍馬の力は絶大で、2人で協力できたからこそこの大事業をなしえたのだ。
 ねねの道と呼ばれる道を南へ行くと月真院の前に「御陵衛士屯所跡」の石碑が見える。これは新選組を脱退した伊東甲子太郎を中心とした勤王思想を持った組織であったが、新選組によって伊東は暗殺され、
八坂神社
写真【5】

八坂神社
写真【6】
解散にいたったようだ。維新の道(写真【5】)を登ると、突き当りが我々が眠る京都霊山護国神社(写真【6】)だ。途中よく密会を開いた翠紅館跡に建つ京大和が右手に見えるぞ。
 京都霊山護国神社で戦没慰霊者にお参りした後は、お墓へぜひ立ち寄ってくれ。最初に見えるのが龍馬と私の墓だが、その裏には池田屋騒動で亡くなった面々、また上に回ると桂小五郎さんや幾松さんの墓もある。洛中の景色も素晴らしいの一言だ。神社の前に建つ霊山歴史館は幕末、明治維新の資料が5000点もある日本で唯一の総合博物館だ。龍馬を斬った刀や我々がどのように襲われたかなどが模型によって生々しく再現されており、豊富な展示は時間がいくらあっても足りないほどだ。維新の道を戻って二年坂、産寧坂をいくと清水道の手前にあるのが明保野亭だ。こちらでもしばしば密会を開いていたのを思い出す。ではこの後は清水寺への参道だ。気をつけて参られよ。
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